上野の東京都美術館で開催されている、”ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展”の鑑賞記の続き。
私は絵画や美術史には全くの素人だが、知っている作家の絵も多く展示されているので、少しはちぃさんに説明しながら76点の絵画と複製版画を見て回る。
第一の部屋は”レンブラントとオランダの肖像画”。
10作品が展示されている。
ここで一番目を引くのはレンブラント・ファン・レインの「若きサスキアの肖像」。
サスキアはレンブラントの妻。
こう言っては何だが、あまり若く見えない。
この絵の方が、サスキアの顔がよくわかる。
レンブラントの「放蕩息子の譬えに扮するレンブラントとサスキアの肖像」は来日していないが、アルバート・ヘンリー・ペイン作の複製版画が展示されている。
ルカ福音書の”放蕩息子”の譬えを描いたもの。
この部屋には、他にも素晴らしい絵画が並ぶ。
ピーテル・コッドの「家族の肖像」。
オランダの繁栄を象徴するような、裕福で理想的な家族。
夫婦は手を握り合い、息子は書物を持ち、娘たちは流行の服を身に纏い、そして”善良”、”誠実”、”忠義”の象徴の犬が描かれている。
オランダの絵にはこういった象徴(シンボル)や寓意(アレゴリー)が散りばめられているので、細部まで見落とせない。
他にも、ミヒール・ファン・ミーレフェルトの「女の肖像」、ワルラン・ヴァイヤンの「自画像」、ウィレム・ドロストの「真珠の装飾品をつけた若い女」など、素晴らしい作品が並ぶ。
第二の部屋は”複製版画”。
アルバート・ヘンリー・ペイン作の有名な絵画の複製版画が11作品並ぶ。
とても緻密な複製版画で、当時はこれが画集の役割を果たしていたのだろう。
第三の部屋は、”レイデンの画家-ザクセン選帝侯たちが愛した作品”。
ここには精緻に描かれた小品が18作品展示されている。
その中から、有名な絵画を幾つかピックアップ。
ヘラルト・テル・ボルフの「手を洗う女」。
サテンのドレスの質感まで伝わってくる。
手を洗う行為は”清純”を表し、足元の犬は”誠実”のシンボル。
若い女性に求められる要素を表現した絵画なのだ。
フランス・ファン・ミーリスの「化粧をする若い女」。
赤いビロードの上着、シルバーのサテンのドレス、そして質感のある卓上のタペストリーまで見事に描かれている。
ここにも膝の上に犬。
そしてテーブル上には手紙と楽器。
ラブレターをもらい、外出するために化粧をしているのだろうか。
楽器は”感覚的な喜び”を表現している。
ハブリエル・メツーの「レースを編む女」。
ここでもサテンの光の反射まで美しく描かれている。
レースを編むような糸を使った細かな手仕事は”女性の勤勉さ”の象徴。
一方で足元の暗がりには、足温器に乗った猫が潜む。
下半身を温める足温器は”性的な誘惑”や”興奮”を表現し、多産な猫は、”官能”や”淫欲”の象徴。
勤勉な女性の回りにも誘惑や悪が存在することを表している。
ちぃさんのブログの標題は、「猫が好き」。
私は物心付いた頃から家に犬が居たので、犬が大好きな犬派。
ちぃさんは、「猫って官能や淫欲の象徴なんだ、ショック」。
私は、「犬は善良の象徴だからね」とニンマリ。
因みに、鳥にも性的な意味合いがある。
これはハブリエル・メツーの「鳥売りの男」。
着飾った女性は娼婦と思われ、男は鶏を差し出すことによって性的関係を交渉していると考えられる。
善良の象徴の犬が吠え立てている。
この部屋には、ヘラルト・ダウの「歯医者」、フランス・ファン・ミーリスの「画家のアトリエ」、ピーテル・ファン・スリンゲラントの「ヴァージナルの前で歌う女」、カスパル・ネッチェルの「演奏するカップル」、そしてメツーの作品は「レースを編む女」、「鳥売りの男」を始め、5点が展示されている。
第四の部屋は、”《窓辺で手紙を読む女》の調査と修復”。
ここについては昨日書いたので省略。
第五の部屋は、”オランダの静物画-コレクターが愛したアイテム”。
存在感のある7つの作品が展示されている。
ここで目を引くのは、鳥を描くことの名手で”鳥のラファエロ”と呼ばれたメルヒオール・ドンデクーテルの「羽を休める雌鶏」。
真っ白なトルコ原産のサルタン種の雌鶏が威容を放つ。
周囲には雄鶏とひよこ、遠景にはアジアの孔雀とアメリカの七面鳥。
写真のような精緻な絵は、ヨセフ・デ・ブライの「ニシンを称える静物」。
ニシンは当時の重要なたんぱく源。
パンやビールと共に食卓を飾っている。
全体の色調が素晴らしく、銀色に光るニシンを引き立てている。
皿の文様も目を引く。
右の皿は17世紀にもてはやされたデルフト陶器なのだろうか、でも左の皿の文様は東洋の陶器のように見える。
背景の銘板には、ニシンは二日酔いにも効くと書かれているのだそうだ。
もうひとつ目を引くのは、ヤン・デ・ヘームの「花瓶と果物」。
豪華な存在感を持ち、驚くほど細部にまでこだわって描かれている。
二輪の美しいチューリップがオランダらしさを演出。
カタツムリの触角、トンボの透き通った羽、チューリップの花の上を這う青虫、そして花瓶に映る窓。
あまりに細密で、丁寧に見るとこの絵だけで10分はかかってしまう。
面白いのはワルラン・ヴァイヤンの「手紙、ペンナイフ、羽根ペンを留めた赤いリボンの状差し」。
これは当時流行った”騙し絵(トロンプ・ルイユ)”。
遠目に見ると、本当にそこに状差しがあるように見える。
第六の部屋は、”オランダの風景画”。
14の作品が並ぶ。
ここではライスダールの絵を楽しみにしていた。
ヤーコブ・ファン・ライスダールの「城山の前の滝」。
雄大な自然が描かれ、激しい川の流れは迫力がある。
山の上の城と手前の急流に目が行くが、よく見ると中央にあるのは樹々に囲まれた一軒の民家。
そして民家に向かう二人の人物が小さく描かれている。
人物を観てから目を引くと、自然の雄大さを一層感じることが出来る、そんな構図だ。
ライスダールの作品は、他にも「牡鹿狩り」が来日している。
風景画の中には聖書や歴史をモチーフにしたものもある。
フィリップ・ワウウェルマンの「説教をする洗礼者ヨハネ」。
ヨハネの質素な服に対し、聴衆は、赤、青、黄の色彩豊かな服装。
右手の二人はローマ軍の兵士だろうか。
寛いで説教を聞く聴衆に対し、兵士の存在が緊張感を生み出している。
第七の部屋は、”聖書の登場人物と市井の人々”。
ここには10作品が展示されている。
ここで観たかったのは、ヤン・ステーンとアーフェルカンプ。
ヤン・ステーンの「ハガルの追放」。
旧約聖書の話しを描いたもの。
予言者アブラハムと妻のサラの間には子が出来なかった。
そこでサラは女奴隷のハガルをアブラハムに差し出し、イシュマエルが生まれる。
ところがその後、サラにイサクが生まれる。
その時アブラハムは100歳、サラは90歳。
そこでアブラハムは邪魔になったハガルとイシュマエルを荒野に追放してしまう。
イシュマエルの無邪気な顔が一層涙を誘う。
荒野に追いやられた二人は死にそうになるが、天使に助けられるというストーリー。
これだけの話がこの一枚の中に織り込まれているのだ。
ヤン・ステーンの作品は、他にも「母子像」、「カナの婚礼」が来日している。
アーフェルカンプの絵は、冬の市井の人々を描いた二作品が来日。
ヘンドリク・アーフェルカンプの「そりとスケートで遊ぶ人々」。
オランダには溜池が多く冬になると凍るので、氷上での遊びが盛んだった。
アーフェルカンプは氷上で市民が遊ぶ冬景色を多数描いている。
当時のオランダの市民の服装、生活感が良く表現されていて楽しい絵だ。
もう一つの作品、「氷上の遊び」では、多くの人物の中にはスケートで転んでいる人がいると共に、よく見ると、右手に小さく二匹の犬。
なんとこの二匹は交尾をしているのだ。
ちぃさんも私も口を押えて笑いが漏れるのを必死で堪えることとなった。
残念ながらこの絵の写真は入手できなかったので、実際に絵画展で観てもらいたい。
最後に取り上げる絵は、エフベルト・ファン・デル・プールの「農家の恋人たち」。
肩を寄せ合い、仲良くニシンを食べる恋人たち。
その手前には鳥(鴨)と猫。
性的なメッセージが込められた作品だ。
76の作品と、幾つかのヴィデオ上映。
見応えのある絵画展だった。
約二時間の鑑賞を終え、東京都美術館を出た私達は遅いランチに次の目的地に向かう。
この続きは、また何時か。